気まぐれな猫のような男。

夢見る夢子ちゃんには、どうやっても腑に落ちないかもしれない。
だって、妊娠中の愛する人を置いて、
行き先も告げず、何処か遠いある場所へ、一人旅立ってしまうのだから。

でも、これはきっとハッピーエンド。
去っていく方も、置いていかれる方も、結末は分かっていたはずだから。
全てを受け入れ、全てが初めから目に見えていたことだったはずだから。

猫というのは、気まぐれな生き物である。
決して、他人に弱みを曝け出したりはしない。
甘えたり、つれなくしたり、自由奔放に生きつつも、
実は、非常にデリケートで、繊細で、誰よりも愛に飢え、渇望している。
寂しがり屋さん。

表面上は、軽口で調子の良い、飄々とした面でも、
内心では、死に対する恐怖や孤独、心の闇と闘っている。

ウルフはそんな男。

こうして今でも、兄貴!と自分のことを慕い、心から想ってくれるオーランドや、
様々なものを抱えた宿の住人たちがいても、
「特定の拠所」をつくらずに、猫のようにするりするりと日々をすり抜けている。

それはきっと、自分が死ぬ意味を、噛み締めているから。

刹那のときを生きているから。

孤独が孤独を呼び寄せる。
ウルフにとって、アンナはもしかすると同志だったのかもしれない。
おんなじ猫。気まぐれな猫。
でも、二人とも、気まぐれなのは”表面”だけで、芯はとってもしっかりとしているんだ。
だから、強い。脆いけど、たくましく強い。

お互いがお互いに惹かれ合ったのだと思う。
深いところで、共鳴しあう魂。孤独が孤独を呼び寄せる。

そして、結ばれた二人。
アンナは、ウルフの子を、お腹の中に宿す。
宿の住人たちが祝う、ささやかな、でも、心あたたまる手作りの結婚式。

その時、ウルフは何を想っていたのだろう。
純粋な喜び? それとも、抱え知れない不安? それとも…

最後の夜、
きっとアンナは分かっていたんだと思う。
…ウルフがずっとここに定住していてはくれないだろうことを。
ふっと消えていってしまいそうな、そんな予感に不安を感じつつも…

だからこそ、限られたこの刹那のときを、優しく抱きしめて。
愛しい人のぬくもりに包まれて。
愛しい人のぬくもりの中で、子猫のように安心して寝息を立て始めるアンナ。

彼女は、その夜、きっと夢を見ただろう。

月明かりの下、何処か遠いところへ旅立って行ってしまう、愛する人の背中を、遠くから見送る、そんな夢を。

猫というのは、決して死骸を人の目にさらさない生き物だから。
宿を出たウルフの、その後については、恐らく誰も分からないであろう。
もしかすると、そこに”絶対”なんてないのかもしれない。

今も何処かで飄々と生きているのかもしれないし、
一人寂しく、街外れの路地裏で、死んでしまったのかもしれない。

でも、彼に触れ、彼と関わった人の中では、”永遠”に生き続ける。

確かに、あの男が此処に存在していたことを、証明するために。

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